History

島津義弘公と日新公

西暦1600年10月21日の関ヶ原の戦いで有名な「島津の退き口」を敢行した島津義弘公は、1535年に鹿児島県日置市吹上町麓の薩摩伊作城でお生まれになり、鹿児島の加治木にて生涯をとじられました。年初めに義弘公を祭っている精(くわし)矛(ほこ)神社に行ってきました。その際、「島津義弘公没後400年記念事業」の資料が目に留まりました。その資料によれば来年の2019年が義弘公没後400年にあたるとのことです。確かに神社の社殿などいたみが酷く、改修が必要な状態でした。記念事業計画では、以下の6つを柱にして実施されるようです。

1、義弘公没後400年記念祭および奉賛事業

2、社殿および末社の修復

3、社務所の改築および神撰所の改築

4、顕彰記念館の建設

5、境内および周辺の整備

6、駐車場の整備

私も少ない金額ですがお参りに行ったときに寄付しました。

島津義弘公没後四百年記念事業義弘見参プロジェクト Facebook:  https://goo.gl/jwuJun

義弘見参プロジェクトHP: http://yoshihiro400.com/

精矛神社HP: https://kuwashihokoshrine.wixsite.com/kuwashihokohome

ところで、精矛神社ですが現在NHKで放映中の「西郷どん」のロケ地にもなっています。鹿児島へ旅行されるときは鹿児島空港から車で25分程度でいけますのでぜひお立ち寄られてはと思います。

精矛神社住所;姶良市加治木町日木山311

Googleマップ: https://goo.gl/maps/W9xLJdKAvHn

画像に含まれている可能性があるもの:空、木、屋外

義弘公は武勇で特に鹿児島では有名ですが、おじいちゃんの島津忠良公(日新公 1492年~1568年)は徳で有名です。以下が日新公の詠まれた歌で家臣団の指導と教育に歌を利用したようです。

島津日新公のいろは歌

い いにしへの道を聞きても唱へても わが行ひにせずばかひなし
ろ 楼の上もはにふの小屋も 住む人の心にこそはたかきいやしき
は はかなくも明日の命をたのむかな 今日も今日もと学びをばせで
に 似たるこそ友としよけれ交らば われにます人おとなしき人
ほ ほとけ神他にましまさず 人よりも心に恥ぢよ天地よく知る
へ 下手ぞとて我とゆるすな稽古だに つもらばちりも山とことの葉
と 科ありて人を斬るとも軽くすな いかす刀もただ一つなり
ち 知恵能は身につきぬれど荷にならず 人はおもんじはづるものなり
り 理も法も立たぬ世ぞとてひきやすき 心の駒の行くにまかすな
ぬ ぬす人はよそより入ると思ふかや 耳目の門に戸ざしよくせよ
る 流通すと貴人や君が物語り はじめて聞ける顔もちぞよき
を 小車のわが悪業にひかれてや つとむる道をうしと見るらん

わ 私を捨てて君にし向はねば うらみも起り述懐もあり
か 学文はあしたの潮のひるまにも なみのよるこそなお静かなれ
よ 善きあしき人の上にて身を磨け 友はかがみとなるものぞかし
た 種となる心の水にまかせずば 道より外に名も流れまじ
れ 礼するは人にするかは人をまた さぐるは人をさぐるものかは
そ そしるにもふたつあるべし大方は 主人のためになるものと知れ
つ つらしとて恨みかへすな我れ人に 報ひ報ひてはてしなき世ぞ
ね ねがはずば隔てもあらじいつはりの 世にまことある伊勢の神垣
な 名を今に残しおきける人も人 心も心何かおとらん
ら 楽も苦も時すぎぬれば跡もなし 世に残る名をただ思ふべし
む 昔より道ならずしておごる身の 天のせめにしあはざるはなし

う 憂かりける今の身こそは先の世と おもへばいまぞ後の世ならん
ゐ 亥にふして寅には起くとゆふ露の 身をいたづらにあらせじがため
の のがるまじ所をかねて思ひきれ 時に到りて涼しかるべし
お 思ほへず違ふものなり身の上の 欲をはなれて義を守れひと
く 苦しくとすぐ道を行け九曲折の 末は鞍馬のさかさまの世ぞ
や やはらぐと怒るをいはば弓と筆 鳥にふたつのつばさとを知れ
ま 万能も一心とあり事ふるに 身ばし頼むな思案堪忍
け 賢不肖もちひ捨つると言ふ人も 必ずならば殊勝なるべし
ふ 無勢とて敵をあなどることなかれ 多勢を見ても恐るべからず
こ 心こそ軍する身の命なれ そろゆれば生き揃はねば死す
え 回向には我と人とを隔つなよ 看経はよししてもせずとも
て 敵となる人こそはわが師匠ぞと おもひかへして身をもたしなめ
あ あきらけき目も呉竹のこの世より 迷はばいかに後のやみぢは
さ 酒も水流れも酒となるぞかし ただ情あれ君がことの葉
き 聞くことも又見ることも心がら 皆まよひなりみな悟りなり
ゆ 弓を得て失ふことも大将の 心一つの手をばはなれず
め めぐりては我が身にこそは事へけれ 先祖のまつり忠孝の道
み 道にただ身をば捨てむと思ひとれ かならず天のたすけあるべし
し 舌だにも歯のこはきをば知るものを 人は心のなからましやは
ゑ 酔へる世をさましもやらでさかづきに 無明の酒をかさぬるは憂し
ひ ひとり身をあはれと思へ物ごとに 民にはゆるすこころあるべし
も もろもろの国や所の政道は 人に先づよく教へ習はせ
せ 善に移り過れるをば改めよ 義不義は生れつかぬものなり
す 少しきを足れりとも知れ満ちぬれば 月もほどなき十六夜のそら

日新公は、鹿児島県南さつま市加世田武田17932の竹田神社に祀られています。

アクセスは、南さつま市観光協会のページでご確認を。

竹田神社・いにしへの道

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